1999.7.7 第8号 編集発行 片野尾公民館・村おこし会 |
ふるさと親睦交流会に来てくらんしやぁ〜 |
公民館部長三國屋 陽一(源四郎) 片野尾出身の皆さま、いかがお過ごしでしょうか。 交流会はこんなことで記
等の計画で準備を進めております。 |
片野尾子供歌舞伎発足の思い出 |
片野尾小学校 元校長 高橋 丈夫 昭和55.年度から小学校に「ゆとりの時間」の活動が、週一時間実施されることになりました。地域や学校の特色を生かした活動により、児童の人間性を豊かにすることが狙いでありました。 ”片野尾歌舞伎万歳” |
佐渡新スポット |
日本スキューバ潜水株式会社 課長 正司 正 佐渡は、地域活性化の一つとして、スキューバダイビングの受け入れを各地で行っている。 |
遠い空から |
ふるさと新穂片野尾会 会長 池野 清子(清左ェ門出) 片野尾の皆様、片野尾出身の皆様、お元気ですか。 【報告】 原稿をお願いしてから二度ほど、佐渡病院へお見舞いや何やらで行く機会がありました。通り道なのでちょっと寄って、直接お願いしようと、一度目は、呼んでも誰もいません。ちょうど玄関に連絡黒板がありましたので中へ入り、お願いの旨、メモして帰りました。次回の時も、呼んでも返事がありません。連絡黒板には前の私のメモがそのまま残っています。裏の田んぼにいるかも?と、でも姿はありません。良く見ると家の中に人影があります。手で合図をすると、出て来られたのはおばあちゃんでした。明るいおばあちゃんで「片野尾のもん」と言うだけで色々なことを話してくれました。清子姉さんが、どんなに家族を・周りの人々を・そして新穂村の一員として・明るい性格で・どんなに立派な・手本となるような役割を果たしているかが、手に取るように伝わってきました。
義母さんから、こんな言葉をもらう清子姉さん、本当に頑張ってきたんだなぁ〜。と、ひとりでに涙が出てきます。そう言えば、両津あたりで「片野尾あたりに嫁さんに出るような娘さんがおらんかえ、片野尾あたりのもんは人がいいしのぉ〜」と良く言われます。まさしく清子姉さんは、それを地でいっていたのです。このようなお陰で、帰りのハンドルの軽いこと。
実家をよろしくたのみます。新潟市 小黒 ヤ子(柳屋出) 公民館だより「一本松」を毎回送っていただき、ありがとうございます。小さな新聞でも作るとなると、大変なことだと思います。本当に頭の下がる思いで、喜んで読ませてもらっています。 |
朱鷺の話題 |
朱鷺 二世誕生 おめでとう 中国から贈られた朱鷺のヤンヤン(洋洋・雌)とヨウヨウ(友友・雄)の中国ペアから、日本で初めて人工ふ化に成功、人工増殖史上初めて朱鷺のひなが誕生しました。現在、佐渡は言うに及ばず、日本全国朱鷺誕生のうれしいニュースに沸いています。
朱鷺・捕まんなやぁ〜のあのころ取材:広報部 島の各地を追われ、最後に片野尾の「大平山」をねぐらに選んでいた朱鷺を、環境庁の人工増殖・捕獲作戦により、昭和56年1月11日午前11時11分、片野尾の山中において2羽が、同21日に東強清水で2羽が、次の日に吾潟で1羽が、ロケットネットという新兵器で捕獲されました。皆さんもテレビで何度も見たことと思いますので、覚えている方もおいでの事と思いますが、あれから早いもので、もう18年6ヶ月の月日が流れてあの頃、自分の子供のように見守り、育ててきた朱鷺が、また、地区のほとんどの者が、よもや捕まることはない、と思っていただけに、その衝撃はなおさら大きかったことでしょう。
これが、両津市郷土博物館に残っている朱鷺に関する記述です。
空に羽ばたけユウユウ元監視員 宇治 絹子 中国の二世こと、朱鷺のユウユウは、知事さんまでが記者会見するほど、世間注目の時の鳥です。
朱鷺のエサ場作りをして(談:聞き取り) 宇治 梅香
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寄稿 |
再び中国を考える
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編集後記 |
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